大判例

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奈良地方裁判所 昭和33年(わ)157号 判決

被告人 佐野茂樹 外十三名

主文

被告人佐野茂樹、同北小路敏、同保田幸一を各懲役四月に

同 鍋野市蔵を懲役三月に

同 副島吉之助、同西浦恵令、同池上澄夫、同野口修、同吉田伸雄、同山田敬三、同米沢鉄志、同浜岡康正、同羽山武光、同上田澄男

を各懲役二月に処する。

但本裁判確定の日より被告人佐野茂樹、同北小路敏、同保田幸一に対してはいづれも三年間、被告人鍋野市蔵に対しては二年間、被告人副島吉之助、同西浦恵令、同池上澄夫、同野口修、同吉田伸雄、同山田敬三、同米沢鉄志、同浜岡康正、同羽山武光、同上田澄男に対してはいづれも一年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用は別紙訴訟費用負担一覧表記載の通りの負担とする。

理由

犯罪事実

文部省並に奈良県教育委員会は共催のもとに、昭和三十三年九月二十四日より二十七日迄の四日間奈良市高畑町所在奈良学芸大学移転予定地域(旧岐阜陸軍航空整備学校奈良教育隊跡)を会場として道徳教育指導者講習会を開いたものであるが、

第一、被告人副島吉之助、同鍋野市蔵、同西浦恵令、同池上澄夫、同野口修、同吉田伸雄、同山田敬三、同米沢鉄志、同浜岡康正、同羽山武光、同上田澄男及長谷川等は共謀の上昭和三十三年九月二十四日午前六時頃右会場を囲繞する金網東側の破壊口より正当の理由なく同構内に潜入し以て奈良学芸大学々長稲荷山資正及奈良県教育委員会共同管理に係る同講習会受講者等約四百名の起居する右講習会々場内に故なく侵入し

第二、被告人佐野茂樹、同北小路敏、同保田幸一は氏名不詳者十数名と共同して昭和三十三年九月二十六日午前六時過頃より同日午前十時頃迄の間右大学及び奈良県教育委員会により同校舎正門前に設置された木柵の鉄線をもぎとり、柱を引き抜き或は角材を木柵に差し込んだ上これをもち上げたり、こじてはずす等して右木柵を損壊したものである。

証拠の標目(略)

適条

判示第一の所為は 刑法第百三十条第六十条

罰金等臨時措置法第二条第三条(懲役刑を選択)

判示第二の所為は 暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項刑法第二百六十一条

罰金等臨時措置法第二条第三条(懲役刑を選択)

執行猶予につき  刑法第二十五条第一項

訴訟費用につき  刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十二条

(被告人等及弁護人の主張に対する判断)

被告人等及弁護人の主張の要旨は第一、住居侵入行為に対しては

(一)  文部省の道徳教育の時間の特設及学習指導要領の制定並指導者講習会が形式的、実質的違法性を含んでいる。

(二)  此の講習会が奈良学芸大学と言ふ大学の建物の中で大学の自治を侵害する様な警官の違法不当な出動及警備体制のもとで行はれた。

かかる事情のもとで被告人等は教育の反動的、官僚的支配から民主教育を守る為憲法に保障された言論、集会の自由と言ふ不可侵権を行使し受講者に受講拒否を説得せんとしたが此の機会を与へられなかつたので止むを得ず本件行為に及んだのであつて、本件行為は実質的違法性を欠く所謂「超法規的違法阻却事由」があり又行為の正当性所謂「抵抗権の行使」としていづれも無罪である。

第二、暴力行為等処罰に関する法律違反(器物損壊)に就ては所謂「一厘事件」の判例を挙げ本件の木柵は刑罰権による保護に値しない零細なる行為で本行為による経済的損害や侵害は全くとるに足らないと、主張し他方前記の「超法規的違法阻却事由」並「抵抗権」の主張をしていづれも無罪であると主張する。

よつて之に対する当裁判所の見解を次に述べることとする。

先ず第一、(一)道徳教育の時間の特設及学習指導要領の制定並指導者講習会の形式的、実質的違法性に就ては、凡そ我が国の如き三権分立の制度下に於ては行政府の行政権の行使にあたり憲法は勿論法律等に基き且つ此等に従うべきものであるが仮にそれが法律に違反する場合でもその違法が明白且つ重大でその処分を当然無効ならしめる場合又は裁判所に於て此の点につき最終的判断がなされた場合を除き権力の発動たる処分は一応適法の推定をうけるのである即ち政府は一応独自の法律解釈のもとに行政権を行使するのであつて此の点関係法規の第一次の解釈権は行政府たる政府にあることになるのである。

本件の道徳教育の時間の特設及学習指導要領の制定の法的根拠につき文部省側の内藤及上野両証人の証言によれば学校教育法第二十条第十七条第十八条、学校教育法施行規則第二十四条第二十五条、又指導者講習会開催の法的根拠として文部省組織令第八条第一一号チ、文部省設置法第五条第八条第十三のロ、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四十八条第二項四号を挙げている。よつて此の点につき審按するに勿論法規の解釈にあたつては異説のあることは往々のことであり弁護人の解釈論も亦一つの見解ではあるが、文部省の上記準拠法規の解釈並之に基く道徳教育に関する一連の行政行為が明白且つ重大な過があり此の点に対する裁判所の終局的判断があつたと言う事実のない限り直に以つて形式的、実質的違法であると言い得ざるのみか却つて一応適法の推定をうけることになるのである。

(二)本件講習会場への警官の出動と大学自治との関係に就ては

本件の会場は奈良学芸大学の移転予定地であつて宮本、渡辺、北野証人等の各証言によれば学芸大学が本件会場に正式に移転したのは同年十月十日であり且つ実際に授業が始つたのは十月二十四日頃との事である。従つて当該物件は大学の自治の対象たる建物と言ふことが出来ない。然しながら此の点百歩を譲り仮令然らずとしても検察官主張の通り憲法第二十三条の趣旨は大学構内の諸事態に対しては第一次的には大学当局自らの監護と指導により解決を計り同当局の処理に堪えず又は極めて不適当なものであると判断した時は要請により第二次的に警察当局が出動して事態の解決を計るべきである。勿論事態により当局の自主的に処理することがあらかじめ不可能と判断した場合は事態発生以前より警察当局に出動を要請するも何等憲法の精神に反するものではない。従つて当時の情況よりして本件の警官の出動も亦もつて直に違憲、違法であると判断することは出来ない。次で「超法規的違法阻却事由」の有無の点であるが最近の判決例及学説に於ては此を認めているのであつて即ち一般に法益に対する不法なる侵害行為に対して一定の限度で之を阻止排除する権利のあることを前提としてある行為が犯罪の構成要件に該当し形式的に違法性の存在を推認せしめるものであつても行為の違法性をこれを実質的に理解し、若し右行為が健全な社会の通念に照しその動機、目的に於て正当であり、その為の手段方法として相当とされ他の方法によることが出来ない唯一の方法であること、又その内容に於ても行為により保護しようとする法益と行為の結果侵害さるべき法益とを対比して均衡を失わない等相当と認められ、行為全体として社会共同生活の秩序と社会正義の理念に適応し法律秩序の精神に照し是認できる限り、仮令正当防衛、緊急避難ないし自救行為の要件を充さない場合であつても超法規的に行為の形式的違法の推定を打破し犯罪の成立を阻却するものと考える。而して本件に於て弁護人は被告人等の法益が侵害されたので此を排除したのであると主張するが、かゝる違法な侵害があつたとは認められない、即ち道徳教育に関する本件の一連の行政行為は前述の如く何等憲法及教育基本法に反し民主教育を破壊侵害するものではなく、又本件会場に於て被告人等が一時的に受講者に面接、説得する機会が与えられなかつたと言つて、直に「表現の自由」に対する侵害があつたとは判断し得ないのみか被告人等の住居侵入行為及木柵破壊行為は説得行為の手段として健全なる社会の通念に照し相当なる手段方法で且つ唯一のもので行為全体として社会共同生活の秩序と社会正義の理念に適応し法律秩序の精神に照して是認出来るものとは到底考えられない。

又抵抗権に就ては

個々の基本法違反に対する抵抗権に関しては

個々の違法に対する抵抗権は単に保守的な意味で即ち法秩序の維持又は再建の為の緊急権としてのみ存在しうる、さらに抵抗権をもつて闘われる不法は明白なものでなければならない。法秩序により用いうるすべての法的手段は有効な救済たるの見込が殆んどなく抵抗権の行使が、法の維持又は再建の為に最後に残された手段でなければならないと言ふ外国の判決があり又日本国憲法と抵抗権に就ては日本国憲法は抵抗権に就て規定を設けていないが、これは自然法上の権利で実定憲法の規定の有無に拘らず存在しその成立要件としては憲法の各条の単なる違反ではなく民主主義基本秩序に対する重大な侵害が行われ、憲法の存在自体が否認されようとする場合が必要であり他に不法があり、之が客観的に明白であること、且つ憲法、法律等によつて定められた一切の法的手段が最早有効に目的を達する見込がなく法秩序の再建の為最後に残された手段たることを必要要件とする学説がある様であるが仮に此の「抵抗権」を日本国憲法上認め得るとしても本件に表れた前述の文部省の道徳教育に関する一連の行政行為本件会場への警官の出動及説得行為の一時的不可能が直に憲法の条規に違反し、もしくは民主々義の基本秩序に対する重大なる侵害で憲法の存在自体を否認されようとして居るとは考えられないのみならずこの憲法違反が明白であり、凡ての法的救済手段が有効な救済たるの見込がないというようなことはなく、従つて本件行為が法の維持又は再建の為最後に残された手段とも亦考えられない。

又第二暴力行為等処罰に関する法律違反(器物損壊)に対しては池田証人の証言によれば本件木柵は価格は約三万三千円であり弁護人主張の様に経済的価値が皆無であるとは認められず本件の行われた時期、そのやりかた等犯罪の態様を考察するとき本件は法律の保護に価しない零細なる行為であるとして、可罰性を認むべきでないとは認めがたく此に対する前記弁護人採用の判例は本件に適切でなく「超法規的違法阻却事由」及「抵抗権」の主張に関しても亦前述の通り之を認め得ない。

結局前述の通り本件講習会場に於ける被告人等の住居侵入行為、器物損壊の行為は仮令これが受講者の受講拒否を説得させる為の手段であつたとしても管理権者の意思に反して侵入した以上は「故なく侵入した」ものに該当し住居侵入罪の成立を妨げず、又器物損壊罪の成立も争う余地はない。

特に附言すべきは弁護人は道徳教育の時間の特設及学習指導要領の制定並指導者講習会の合法なりや否につき当裁判所の判断を求めている様ではあるが、本件は行政訴訟等と異り(勿論本件が直に裁判所法第三条の法律上の争訟になるや否やは別として)刑事々件であり本件が結局住居侵入罪等を構成するや否やが審判の対象である、従つて前述の通り当裁判所の認定した前記具体的情況のもとに於て犯罪の成否を判断すべきであり、又判断したのである。後日前記政府(文部省)の行政行為が違憲、違法なりと判断されることがあつても住居侵入罪等の成否に消長を来たさない。

(情状に就て)

我が国の如き民主々義の政治体制に於て政府行政機関の行政権行使に対してこれを批判し又は勧告することは勿論自由であると共に之は行政府をして行政権を正しく行使させる為にも主権者の権利として重要なことである。然しそれは決して無制限な無責任なものであつてはならないのであつて、そこには自ら手段方法がある、即ちそれはあくまで法律に許された枠内に於てである、日本国憲法は国家権力の行為が憲法の個々の条項に反する場合に於てさえも原則的には憲法の定める国民の裁判を受ける権利、違憲審査権及び国民の参政権等により救済解決され得る様定めて居るのである。

然るに此等を無視して軽々に「抵抗権等」を主張して法律違背の行為に出ることは却つて法秩序を乱すもので厳重に慎しまねばならない、抵抗権を認め得る場合はもつと急迫した情況であり国家にとつては最悪の場合であり最も不幸な事態であることも亦銘記せねばならない。

かく考察してくると、被告人等の考え方は結局「目的の為に手段を選ばず」と言ふ考え方に帰着する様に思われる、即ち文部省の道徳教育は民主教育の破壊でありこの機会に受講者を説得しなくては民主教育は守られない、その為には立入禁止も木柵等もなにするものぞ、我々には表現の自由があるのであるから結局本件行為は正当であると弁解しているわけであるが、物事を主観的立場からのみ判断しその判断に客観性の乏しい様な自分の考え方自分の判断とこれと異る相手の考え方が国を危くし、憲法に反すると速断しこれを排除する為には如何なる手段方法も合法であるとの考え方は全く危険であつてきびしく批判されなければならない。本件の受講者全部が全部被告人等と同じ考え方であつたとは考えられず中には静粛に受講して研究もし、その上批評もしようと考えていた者も居つた様である。然るに被告人等の妨害の為に所謂カンズメになつて建物内にて起居し騒音を窓外に聞き不安の中に受講を続けた人々のことを考えると被害は皆無であつたとは言い得ない。

且つ又被告人等の様な大学教育を受け将来日本の指導者たるべき地位に立つべき人々が今度此の様な違法行為に出たことは返す返すも遺憾なことである。然し此を機会に充分に反省し再びかかる間違をしない様に決心をしてもらいたい。

今度の事件に於て一部の被告人等はその動機に於て単純であるとか又身分が学生であるとの点を特に量刑に於て考慮することは最近又再び各地で此の種の事件が起つていることに鑑み却つて学生等を甘やかせ事件の続発を助長させ延いては日本の民主々義の将来を危くするものではなかろうか、被告人等も犯罪を犯した以上はそれ相当の刑事上の責任はこれを取つてもらわねばならない。当裁判所は以上の点の他被告人等の果した役割等諸般の事情を考慮して主文の通り判決する。

(裁判官 森山淳哉)

訴訟費用負担一覧表(略)

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